日本の皆さんに是非紹介したい中国の偉大な詩人がいます。「蘇軾(苏轼sū sh ì)」、という詩人ですが、皆さんはご存知でしょうか。日本では李白や杜甫、王維や白楽天などが有名で、蘇軾の知名度はそれほど高くないかも知れません。ですが中国では間違いなく歴代詩人の中でも筆頭の評価に値する詩人として認識されています。では彼は一体どのような人物だったのでしょうか。

中国の歴史に君臨する稀有な万能型の天才、蘇軾

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苏轼是中国历史上一位难得的全能型人才。他和他的父亲苏洵、弟弟苏辙都是宋朝有名的大诗人,大文学家,被人们称为“三苏”,但在其中苏轼的成就和知名度是最高的。他凭借自己的才华在当朝做官,地位很高。但是他的事业非常坎坷不顺,他对国家的改革有自己的想法,但因为和当时国家最有权力的官员意见不同,又发表了一些不合时宜的文章,被别人诬陷成不尊敬皇帝,差点被杀死,最后他被关进监狱了一段时间,出来后被降职派遣到国家的边远地区。
中国の歴史に君臨する稀有な万能型の天才、蘇軾。実は蘇軾の弟苏辙も父親の苏洵も宋朝の大詩人で大文学者。三人合わせて三苏と言われています。中でも業績と知名度が抜きん出ていたのが蘇軾です。蘇軾は自分の才能によって官僚となり、非常に高い地位についたのですが、その後決して順調な道を歩んだわけではありません。国家の改革に対して自分なりの考えを持っていた彼は当時最も権力を揮っていた官僚と意見が食い違っていました。また、時勢に合わない文章を発表したため皇帝に対する不敬として貶められ、殺されかけてしまいます。結局一時的に監獄に入れられましたが、出獄後には降格処分となり、辺鄙な地区へ左遷されてしまいます。

波乱万丈な人生と三人の妻

他一生的命运非常起伏不定,到处漂泊,他总共有过三个妻子,第一个妻子王弗性格很低调平和,又非常有才华,是苏轼年轻时的精神伴侣,可惜在26岁时就去世了。苏轼后来在39岁那年的一天夜里,回忆起多年起伏的人生经历,非常想念这位知心的妻子,遗憾两人不能相伴,写下了他最有名的诗词之一《江城子》。王弗去世三年后,他有了第二位妻子王润之——王弗的表妹。他们结婚时,苏轼32岁,王润之20多岁。她不像姐姐王弗那样有学问和才华,但是个非常温柔、善于处理家事的女性,她和苏轼一起走过了25年,在苏轼人生起伏最多的那些年,一直是她默默地支持、陪伴着丈夫,他去世时苏轼非常悲痛。最后一位妻子朝云,其实是早年王弗替苏轼找的小妾(指非正式的妻子,古代男人只能有一个正式的妻子,但可以有好几个非正式的妻子,她们都叫妾,或者小妾),她跟随苏轼时才12岁,后来在四十岁左右时病死了。她虽然比苏轼小了接近30岁,但却是非常懂得苏轼的知心爱人、朋友。朝云去世后,苏轼在西湖边为她建了一个亭子,写了一副对联,说唯有朝云最懂他。关于这三位妻子,有一个非常好的节目,百家讲坛,推荐大家看一下。这个节目是请来一些有名的大学教授、学者讲解古代有名的文学作品。讲得很有意思。
http://tv.cntv.cn/video/C10302/d547ac39d7b84bbd66209c8c7ca675a6

蘇軾の命運は起伏の波が激しく、至るところに漂泊することとなり、生涯に三人の妻を持つこととなりました。最初の妻王弗は温厚で平和的な性格で、非常に才能のある人でした。若き頃の蘇軾の心の伴侶となったものの26歳という若さでこの世を去ってしまいます。蘇軾は39歳のある夜中に自分の起伏に満ちた人生と気心の知れたこの妻を回顧し、最も有名な詩の一つである《江城子》を書き上げました。王弗がこの世を去ってから三年、蘇軾は二人目の妻王润之を娶ります。この妻は王弗のいとこにあたりますが、結婚当時蘇軾は32歳、王润之は20歳ちょっとでした。彼女は王弗のような才能や学問はありませんでしたが、非常に温厚な性格で家事をうまくこなしました。蘇軾に25年間寄り添い、人生で一番起伏のあった何年かも黙々と蘇軾を支えました。彼女が世を去ったとき蘇軾は悲痛に耐えられませんでした。最後の妻、は正式な妻ではなく妾(古代の男性は正式な妻一人の他、妾を何人も持つことを許されていました)。名を朝云と言いました。蘇軾に付き添い始めたのがなんと12歳の頃。年は蘇武より30歳近く離れていましたが、蘇軾をよく理解する気心の知れた愛人であり友でありました。朝云に先立たれた蘇軾は彼女のために西湖のほとりに東屋を建て、対聯に自分を最も理解するのは朝云であると書きました。
三人の妻に関しては『百家讲坛』という番組で紹介されていますのでリンクをご紹介します。ちなみにこの番組は高名な大学教授や学者を招いて古代の有名な文学作品などについて解説したりしています。面白いので是非チェックしてみてください。

豊富な人生経験

苏轼这个人的人生经历非常丰富,他不光是当时的政治家、文学家,还是画家、书法家、美食家,中国有一道名菜“东坡肉”(又叫红烧肉)的起源就跟他有关,因为他还有一个名字叫苏东坡(很多文学家都有名字以外的另一个称呼)。他爱喝酒也很懂酒,晚年时他还信佛教。虽然他经历了那么多政治上、家庭上的苦难和挫折,又被派遣到不发达的地区过清苦的生活,但是他的生活态度还是那么乐观自信,跟朋友喝酒、画画、作诗,他把人生、历史感悟得非常透彻,不去怨恨、不厌世,而是豁达乐观地生活,保持天真快乐的心态。
 蘇軾の人生経験は非常に豊富で、政治家、文学者、画家、書家、美食家など多くの顔を併せ持っていました。中国では「东坡肉(红烧肉)」という有名な料理がありますが、その起源は蘇軾のペンネームである苏东坡と関係があるようです。彼は酒が好きでよく嗜み、晩年まで仏教を信じていました。政治や家庭においてこれほど多くの挫折と困難を味わい、辺鄙な地区に左遷させられ貧しい生活を余儀なくされたりした蘇軾ですが、友人と酒を飲み、絵を描き、作詩をし、人生と歴史に対しての意味を悟りきり、人を恨まず、世を憎まず、楽観的で純真な心を保ち続けました。

 まとめ 結局蘇軾ってどんな人?

 中国现代著名的作家、翻译家林语堂先生曾经这样评价苏轼,苏轼是个非常自信的乐天派,是有同情心的道德家,是百姓的好朋友,是散文作家,是新派的画家,是伟大的书法家,是酿酒的实验者,是工程师,是假道学的反对派,是瑜伽的修练者,是佛教徒,是皇帝的秘书,是饮酒成瘾者,是心地善良的法官,是政治上的坚持者,是月下的漫步者,是诗人,是天生幽默爱开玩笑的人。可是这些也许还不足以描述出苏东坡的全貌。我若说一提到苏东坡,在中国总会引起人亲切敬佩的微笑,也许这话最能概括苏东坡的一切了。苏东坡的人品,具有一个多才多艺的天才的深厚、广博、诙谐,有高度的智力,有天真的赤子之心——正如耶稣所说具有蟒蛇的智慧,兼有鸽子的温柔敦厚,在苏东坡这些方面,其他诗人是无法相比的。这些品质汇集于一身,是天地间的凤毛麟角,不可多见的。而苏东坡正是这样的人!
現代中国の著名作家で翻訳家の林语堂氏はかつてこのように蘇軾を評価したことがあります。
「蘇軾は非常に自信家であり楽天家、同情心のある道徳家であり、庶民の友、散文作家で新派の画家、偉大な書家で酒醸成の実験者でもありました。同時にエンジニアでヨガの修練者、仏教徒、皇帝の秘書で酒好きの隠者、心の善良な官僚、ポリシーのある政治家、月下の放浪者。詩人で生まれつきジョークが大好きな人でした。と、こういった表現を用いたとしても恐らくは蘇軾の全貌を言い表すには不足でしょう。そうですね、中国では蘇軾と言えばいつでも親切と敬服の笑顔を引き起こす、というのがもしかしたら彼の一切を捉えた表現でしょうか。彼の人品は多芸多才な天才の深みと、広さとユーモア、そして高度な智力と赤子のように純粋な心を有していました。正にイエスの言う蛇の知恵と鳩の温和な篤実さですが、この方面において他の詩人は蘇軾とは比較にすらなりません。このような性質が全てひとりの人間の体に集まったというのは天地の稀有というものですが、彼は本当にそういう人物だったのです。」

どうでしょう、簡単に紹介しましたが非常に興味をそそられる人物ではないでしょうか。

万能詩人蘇軾の詩 「水調歌頭」

フェイ・ウォン(王菲)が歌う蘇軾(蘇東坡)の「但愿人长久(水调歌头)」

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