今回は以前紹介した中国の歴史に君臨する万能詩人蘇軾の詩(厳密には詞)「水調歌頭」を紹介します。天才の詩とはいったいどんなものなのか、是非味わってみてください。中国語は難しいと思いますので、日本語訳をつけています。日本語訳だけでも時間をかけて一つ一つの言葉にどんな意味があるのがを考えながらじっくり読んでいると、この詩の意味がだんだん分かってくるでしょう。

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「水调歌头·明月几时有」

明月几时有?把酒问青天。
明月幾時よりか有る 酒を把って青天に問ふ
不知天上宫阙,今夕是何年。
知らず天上の宮闕  今夕は是何れの年ぞ 
我欲乘风归去,又恐琼楼玉宇,高处不胜寒。
我風に乘って歸り去らんと欲す 又恐る瓊樓の玉宇 高き處寒さに勝へざらんことを
起舞弄清影,何似在人间。   
起舞して清影を弄ぶ 何ぞ似たる人間に在るに
转朱阁,低绮户,照无眠。
朱閣に轉じ 綺戸に低(た)れ 無眠を照らす 
不应有恨,何事长向别时圆?
應に恨み有るべからざるに 何事ぞ長へに別時に向って圓なる
人有悲欢离合,月有阴晴圆缺,此事古难全。
人に悲歡離合有り 月に陰晴圓缺有り 此の事古より全くなり難し
但愿人长久,千里共婵娟。
但だ願はくは人長久に 千里嬋娟を共にせんことを

現代語訳:
明月よ、いつから空にかかっているのか 盃を手にしながら青天に問う
天井の宮殿では今宵は何年の中秋にあたるのだろうか
自分も風に乗って天上の世界に行ってみたいが、月宮殿は高いところにあるから寒くて絶えられないだろう
せいぜい地上の舞を楽しもう やはり人の世の方が居心地がよい
明月は朱色の高殿をめぐり 綾ぎぬの帳をかすめ 眠らぬ人を照らしている
別に恨みのあろうはずもないのに 何故別れの時に限って満月になるのだ
人には悲歡離合があり 月には陰晴圓缺がある 古からこのことを完全な形に保つのは難しい
ただ人がとこしえに 千里の距離を離れていてもこの月の輝きを共にせんことを願うのみだ。

背景解説:
熙寧七年(一〇七四)杭州での任期が終わった蘇軾は自ら志願して密州の知事になった。密州は現在の青島のあたりだが、同じ山東の済南に弟の蘇轍が書記として仕えていた。杭州と異なって密州は貧しい地方であったという。加えて官吏としての蘇軾の生活も杭州時代より質素なものにならざるを得なかった。それは土地の豊かさの違いというよりは、新法による人民の生活の窮迫が、蘇軾のような実直な官吏にも及んできたということを意味していた。そんなところから、蘇軾は次第に政府の施策を批判する詩を書くようになる。それがやがて、対立派による罪状のでっち上げと、投獄、流罪へとつながっていく。だが詩人としては、蘇軾はこの時期を飛躍のきっかけとした。杭州時代よりも内省的で緻密な雰囲気の詩を作れるようになり、偉大な詩人へと脱皮しつつあったと評価できる。密州時代を代表する作品は、中秋の名月を歌った詞「水調歌頭」である。

※詩の翻訳と背景説明は次のサイトより引用しています(句読点等は当サイトにて修正):
http://chinese.hix05.com/  汉诗与中国文化网

フェイ・ウォン(王菲)が歌う蘇軾(蘇東坡)の「但愿人长久(水调歌头)」

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