語り部:陶翁(タオイスト/英華宝コラムニスト)

ホッホッホ。語り部の陶翁じゃ。以後よろしゅうに。今回の投稿はわしが担当させてもらうことになった。前回、前々回の投稿で『老子』全体の要点となっている第1章、「恍惚」とするタオが事物を生成する瞬間を描写した第21章を詳細な解説とともに紹介しておるのじゃが、タオの深淵さと魅力、そして原文の持つ躍動感あふれるリズムを感じていただけたじゃろうかの。さて、今回紹介するのは第64章。この章ではタオの原理がいかに現実生活に応用されうるかが示唆されておる。いわばタオの原理を念頭に置いた「問題処理術」「仕事処理術」としての解釈が可能な箇所じゃ。とはいっても世に多く出版されているいわゆる「仕事術」の書籍なんぞよりも一つ次元が高いと言ってもよくての。そう、「次元が違う」とうやつじゃ。どういうことかって?ホッホ。じゃ、もうちょっとお付き合い願おうかの。

 

第64章

其安易持,其未兆易谋 qí ān yì chí,qí wèi zhào yì móu。
其脆易泮,其微易散 qí cuì yì pàn,qí wēi yì sàn。
为之于未有,治之于未乱 wéi zhī yú wèi yǒu,zhì zhī yú wèi luàn。
合抱之木,生于毫末; hé bào zhī mù,shēng yú háo mò;
九层之台,起于垒土; jiǔ céng zhī tái,qǐ yú lěi tǔ;
千里之行,始于足下。 qiān lǐ zhī xíng,shǐ yú zú xià。

 

其安易持,其未兆易谋
静かで安定しているものは制御しやすく、まだ表面化していない問題は対策が立てやすい。

最初にちょっとだけ語義の説明をさせてもらおうかの。まず「安」は静かで平穏なことじゃ。「持」は手にとどめておくことを言う(持は手偏に寺って書くじゃろ。この寺に留めるの意があっての)。まあここでは物理的な意味で言っているんではないから手にとどめる=制御するというニュアンスでいいじゃろ。「兆」は兆しで「未兆」はまだ兆しがないということじゃ。やや具体的に解釈すればまだ表面化していない問題のことじゃの。ちなみに「兆」はうらないのとき亀甲に現れる割れ目の象形。二つにはじけ割れるという意味が派生しておってな、例えば「桃」の字に兆が入っておる。ホッホッホ、愉快愉快!

さ、本題じゃ。ここで老子が言っているのは事物の初期段階や事物の発生以前の段階で事物を処理するのが一番簡単でタオに適っているということじゃの。この世のあらゆるものは成長すると共に持っている情報が複雑になったり乱雑になったりするじゃろ。人間なんかもそうじゃ。そうすると手がつけられん。これは万物を成長させとるタオの原理のせい、否、おかげなのじゃがあらゆる事象に当てはまっての。この原理を逆利用して問題が大きくなる前に問題を解決してしまおう、でないと収集がつかなくなる。そういう発想じゃ。

其脆易泮,其微易散
事物が脆いうちは分解しやすく、小さいうちは散らしやすい。

第二句の意味するところも第一句とさほど変わらん。「泮」という字はあまり見かけんじゃろう。これは溶けるとか分けるという意味じゃ。「微」は微生物の微で小さい、かすかの意じゃの。つまり問題が出たら大きくなる前につぶしておけ、と言っておる。何せどんな小さな問題も想像のつかぬレベルまで発展する可能性があるわけじゃからの。

さ、次の句はまさに金言じゃ。

为之于未有,治之于未乱
事物が生成する前にこれを解決し、複雑化しないうちにこれを治める。

この第三句は第一句と第二句の論理的帰結での。ここで最も重要な概念は、そうじゃな、「未有」。以前の投稿にも書いておるが、「無」に対して「有」がある。事物は「無」から「有」に移行してくる。「無」は情報としては確かに存在するが、まだ形がない状態のことじゃ。それをここでは「未有」と言っておる。従ってこの句の意味するところは、この「無」の段階において問題を処理し、そもそも問題を発生させない。仮に問題が表面に出てきても複雑にならないうちに解決するということ。世に出回っているいわゆる「仕事術」などはたいがい「有」においての問題処理方法を述べたものが多いようじゃが、問題が生じる因果の因の領域に働きかけ、そもそも問題を生じさせないのが老子流。次元が違うというのはそういう意味じゃ。それにしてもなんとも響きのよい句なことよ。ホッホッホ。

さて、次の句から最終句は先の第三句を説明したものじゃ。なかでもわしは第四句、「合抱之木,生于毫末」が気に入っておる。

合抱之木,生于毫末;
九层之台,起于垒土;
千里之行,始于足下。

両手で抱きかかえられないほどの巨木も毛先ほどの芽から成長し
9階もある台もひと盛の土から起こされ
千里の道も足下の一歩から始まる。

いずれもものごとは初めが肝心という意味でよく引き合いに出される。まあ、ビジネスの世界なんかで「仕事は準備が8割」というのと同じ道理じゃろ。さて、わしは「合抱之木,生于毫末」という句が気に入っていての。考えてみれば、どんな大木でも最初は小さな小さな芽じゃ。芽が時間を経ると大木に育つ。「木」の比喩でタオが万物を成長させる働きの妙を描写しているようじゃ。さて、もし仮にこの大木を別の場所に移動したいとする。するととんでもない労力が必要になるのは明白じゃの。ま、どんな力士とて無理かのう。じゃがそれが小さな芽だとすれば造作ない。じゃろ?ホッホ。

さ、今日は終わりじゃ。しかし今日は寒くてかなわんのう。高処不勝寒~♪。。ホッホッホ。
さあれど、この寒さも春が来るための自然の摂理じゃ。タオはシンプルじゃが奥が深い。玄之又玄,众妙之门!

これがタオの領域だ!タオイズムの文人画家・富岡鉄斎とは?

<参考資料>
蜂屋邦夫訳注 『老子』 岩波書店(2008)
戸川芳郎監修 佐藤進・濱口富十雄 全訳漢字海(2006)
鎌田正・米山寅太郎『漢語新辞典』大修館書店(2001)
藤堂 明保・竹田晃・松本昭・加納喜光編集『漢字源』学習研究社 改訂新版 (2001)

岩波文庫 老子