語り部:淘翁

中国語学習者や中国文学に興味のある方々ならば『詩経』をご存知かもしれん。これは中国最古の詩篇でな。日本で言うと、そうじゃな、万葉集みたいなもんじゃろ。じゃが実際に読んだという人はあまりおらんのではなかろうかの。というわけで今回はこの『詩経』の素晴らしさの一端が伝わるような作品を紹介しようと思っておる。

『詩経』の中の作品はみな素朴というか、ピュアじゃ。ゆえに自然の霊力とそれを表現する言葉が直に結びついておるような印象じゃな。我々現代人はこのような自然との一体感を失ってしまっておるのかもしれん。じゃが詩経の詩を読むとその眠っておった感覚が目覚めるかもしれんぞ。なにせ紀元前の詩じゃ。それを読むということはある意味では古代人の意識にアクセスすることに他ならんからのう。

「桃夭」はおそらく3000年くらい前の作品じゃが、むしろ日本の古典文学などよりも読みやすかろう。この詩は若く美しい娘の祝婚歌とされておる。今の人がこれを読むと桃の美しさを歌うことによって若い娘の美人な様を表現しておるように見えるじゃろうが、古代人の感覚は我々とはちょっと違う。古代人は桃の樹はそもそも霊力を宿していると考えておった。精霊を宿している神木というわけじゃな。その精霊に対して詩(言霊)を用いて美しさを讃えることが即娘の美しさと円満な結婚に結びつくと考えた。古代人の意識にアクセスするにはこういう価値観を知っておくことよいじゃろう。

さて、前置きが長くなったの。「桃夭」じゃ。

桃夭 táo yāo

桃之夭夭,灼灼其華。 táo zhī yāo yāo , zhuó zhuó qí huá 。
之子於歸,宜其室家。 zhī zǐ yú guī , yí qí shì jiā 。
桃之夭夭,有蕡其實。 táo zhī yāo yāo , yǒu fén qí shí 。
之子於歸,宜其家室。 zhī zǐ yú guī , yí qí jiā shì 。
桃之夭夭,其葉蓁蓁。 táo zhī yāo yāo , qí yè zhēn zhēn 。
之子於歸,宜其家人。 zhī zǐ yú guī , yí qí jiā rén 。

<書き下し文>
桃の夭夭(えふえふ)たる 灼灼たりその華
この子於(ゆ)き嫁ぐ その室家に宜(よろ)しからん
桃の夭夭たる 蕡(ふん)たる有りその実
この子於き嫁ぐ その家室に宜しからん
桃の夭夭たる その葉蓁蓁(しんしん)たり
この子於き嫁ぐ その家人に宜しからん

<現代語訳>
若く美しい桃 真っ赤に輝くその華
その娘はお嫁に行く その嫁ぎ先の家で幸せになるだろう
若く美しい桃 はちきれんばかりのその果実
その娘はお嫁に行く その嫁ぎ先の家で幸せになるだろう
若く美しい桃 その生い茂った葉
その娘はお嫁に行く その嫁ぎ先の家人と幸せになるだろう

<語彙解説>
夭:若く美しいこと
灼:赤く輝く

歸:帰。詩経においては「帰」はほぼ嫁ぐの意味だと解して問題ない
蕡:植物の実が大きくなったさま
蓁:草木が茂るさま

dbb44aed2e738bd4e7203cf8a38b87d6267ff9f2Source:百度百科

わしは桃がたまらなく好きじゃ。古代人が桃に霊力をみたのも分かる気がするのう。