『易経』を読んでいると、現代中国人の習慣にまで通じている文言に出会ってはっとすることがあります。非常に興味深いので皆さんに共有したいと思います。今回取り上げるのは『易経』繋辞伝の次の文言です。

文言 ピンイン 書き下し/現代語訳
定其交而后求 dìng qí jiāo ér hòu qiú その交わりを定めて後に求む(君子は)交際を固めてから人にお願いをする

中国ではある個人の能力がいかに高かろうがそれだけでは十分ではありません。関係する「人」があってはじめて物事を成し遂げられます。つまり何かを行う際にはまず最初に人間関係を固めるのが常套手段であり、これをしないと物事が上手く運びません。そしてこれは中国においては厳然たる事実なのです。

実際に筆者が知人の中国人女性から聞いた話を例に挙げましょう。

その知人の女性は最近自動車の免許をとるために教習所に通い始めました。ところが実技の担当教官の愛想が悪く、彼女にほとんど運転を教えてくれません。さて、困りました。日本人ならここで教習所にクレームを入れて担当教官を変えることができますが、中国ではそうもいきません。結局彼女が採った行動は、その教官にタバコをプレゼントすることでした。タバコを受け取った教官は態度を一変させ、以後は丁寧に教えるようになったそうです。

割と卑近な例を挙げましたが、『易経』に出てきた文言である「定其交而后求(君子=賢者は交際を固めてから人にお願いをする)」の有効性をありありと示していることがわかると思います。また同時にこの文言のすぐ後に出てくる「无交而求, 則民不與也(交際を固めずにお願いをしても上手くいかない)」という文言にも当てはまっていることが分かります。

タバコのプレゼントという彼女の行為に対し「それって賄賂じゃん!」と突っ込みを入れたくなった人が多数だと思われますが、そもそも 相手に対する誠意を表すのに物理的に目に見える手段をもって表現するというのが古来からの中国人の考え方です。これを相手への「誠意」ととるか「賄賂」ととるかは個々の状況などを踏まえた解釈が必要になりますが、いずれにせよ「人」との関係性によって物事の成功可否が分かれてしまうという認識が根底にあることに変わりはありません。

これは政治のような大きな局面から教育現場、医療現場、さらには先に見たような比較的瑣末な部分に至るまで浸透している中国人の思考様式ですが、その思考様式ゆえに根が深い社会全体の「賄賂」問題に発展してしまっているわけでもあり、多くの中国人が社会にストレスや息苦しさを感じる要因ともなっています。

日本では「仕事」という言葉は「事に仕える」と書きます。つまり物事をなす際には「人」ではなく「事」が中心となる構造であるため、「人」との関係を構築するのは後回しになる傾向があります。無論それゆえの弊害(度を越えた仕事重視の雰囲気等の形成など)も出てきますが、物事をなす際のプロセスは中国よりもシンプルです。

最後に、この文言が含まれるセンテンスを全文で示しておきます。非常に含蓄の有る言葉です。

【センテンス】
君子安其身而后动,易其心而后语,定其交而后求。
jūn zǐ ān qí shēn ér hòu dòng, yì qí xīn ér hòu yŭ, dìng qí jiāo ér hòu qiú。

【書き下し】
君子はその身を 安くして後に動き、その心を易(やす)くして後に語り、その交わりを定めて後に求む。

【現代語訳】
賢者はまずその身を固めてから行動し、心を落ち着けてから言葉を話し、 交際を固めてから人にお願いをする。